Category Archives: Golf Culture

R&A サステイナブルセミナー

先日横浜カントリークラブで行われたR&A主催のサステイナブルセミナーに参加してきました。 ゴルフにおけるサステイナビリティとは サステイナビリティ(持続可能性)とは現在と未来のバランスが取れているということです。現在選択した行動・行為が未来の行動・行為を制限してしまうようなことがないような賢い選択をすることがサステイナブルな社会といえるでしょう。よってそれは環境問題でもあり社会経済問題でもあると考えることができます。現在のゴルフにおけるなんらかの選択や行為が環境を破壊し、将来世代に今ある環境を残すことができなければ、今の世代が享受している環境へ将来世代がアクセスできなくなってしまいますし、社会経済的に見て人々から需要されなくなってしまえばゴルフというスポーツは消えてしまい、将来世代はゴルフをすることができなくなるし、現在ゴルフ産業に従事している人たちが職を失ってしまいます。ですから、自分自身のみならず、自分たちの子供たちの利益を考えて、いま行動を起こすことが求められていると私は考えます。 サステイナビリティを測定する サステイナビリティは漠然とした理念ではなく測定できなければ効果が明確にならず、よって正しく推進することができません。ISEALという組織は各分野でサステイナビリティを高める運動を行っている組織に認証を与えています。フェアトレード・インターナショナルやレインフォレスト・アライアンスなどもメンバーに名を連ねていますが、ゴルフの分野では今回のセミナーで紹介されたGEO (Golf Environment Organaization)という非営利団体があります。GEOはゴルフ場、ゴルフ場開発者、トーナメントの3分野にそれぞれの認証を与えています。R&Aも積極的に関与しており、全英オープンはGEOの認証を取得しています。ゴルフ場にはOnCourseというオンラインの無料アプリケーションにデータを入力するだけで現在のサステイナビリティが計測され、またOnCourseに登録した各ゴルフ場同士のコミュニケーションの場が与えられていて情報交換ができるようになっています。よくPDCA (Plan Do Check Action) が重要だと言われますが、一番難しいCheck (効果の計測) の部分がこうして外部の信頼できる機関によって提供されていることはゴルフの強みと言え、今回のセミナーに出席して大変心強く思いました。 社会や環境と調和するために 今回のセミナーでサステイナビリティを向上させる具体的なプランとしてコース改造とメンテナンスがテーマとして取り上げられました。 ゴルフ場開発・改造 様々なゴルフ雑誌がゴルフコースのランキングを発表していますが、多くの場合半数以上は戦前のコースがランクインしています。これらのコースは大型の重機のない時代に非常に安価に作られています。何が言いたいかというと、コースの造成費用の多寡とコースの良し悪しは関係ない、ということです。むしろ、おカネをかけて大地を創造したようなコースほどワンパターンで面白みにかけるものになりがちで、サステイナビリティの観点からは環境破壊的でありかつゴルフの楽しみを半減させるような行為と言えるでしょう。 今回のセミナーでもこの点は強調されていましたがより具体的な方法が提示されました。ゴルフ場開発の場合は(1)そもそもゴルフ場に適した土地(地形や土壌の質)を選ぶこと、(2)もとからある地形の変化が生きるルーティング(レイアウト)を取ること、(3)バンカーや池など造成やメンテナンスに費用のかかる要素を必要最小限に留めること、(4)ゴルフ場のスタッフを造成や改造に積極的に関与させること、(5)その土地の気候や土壌に適した芝種を選ぶこと、などが挙げられました。 これらの要素は互いに関係しあっていますが、例えば(2)や(3)と(4)は見逃されがちな点で、コースを造成・改造する業者は費用がかかる方が利益が上がるので放っておくとどんどん地形をいじったり、余計な土壌「改良」剤を入れようとします。しかし、造成後の管理を任されるコース管理責任者やおカネを払う側のゴルフ場のスタッフが積極的に関与していればこういった問題はかなり回避できます(実際、「コンサルタント」の意見のみが取り入れられ、現場の責任者の意見は全く聞き入れてもらえず結局メンテナンスに苦労するという嘆きの声をよーく耳にします)。 メンテナンス サステイナビリティに関連するメンテナンスに関しては日本のゴルフ場はかなり進んでいると思います。というのも、世界的に問題となっているの温暖化による水不足であり、日本のゴルフ場ではあまり多くの水を必要としないコーライ芝と野芝がゴルフ場のほとんどの面積を占めているからです。これは前節の(5)と関係しますが、気候・土壌に適した芝種を選べば環境への負荷が減ることの好例でしょう。アメリカでも南部地方では水を必要とする洋芝からコーライ芝への転換を検討あるいは実際に転換したゴルフ場は増えているようです。 メンテナンスをそもそも必要としないエリアを増やすことも環境負荷を下げる一つの方策です。これについては日本は遅れていると言えるでしょう。視野に入る全てのエリアがきれいに刈り取られていないといけないと考えているプレーヤーやスタッフがほとんどかと思いますが、これは「オーガスタ・シンドローム」だと思います。マスターズ・トーナメントが行われるオーガスタ・ナショナルは例外であって典型ではないと知るべきでしょう。多くの名コースではラフから少し外れると管理対象外の荒れ地となっていることの方が多いです(ただ、パインバレーのような「カネのかかった荒れ地」もあるのでやっかいです)。 今回会場となった横浜カントリークラブはパネリストとしても来場してたビル・クーア氏によって改造設計されました。改造後の横浜CCではラフの外側では草が伸ばしっぱなしの状態でしたが、むしろそれが景観に良い効果を与えていると思います。とはいえ、まったくボールが行かないわけでもないので論争のタネではあり頭の痛い問題です。

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日本のゴルフの歴史を変える横浜CCの改造

今日は改造工事を行っている横浜カントリークラブを見学してきました。 横浜カントリークラブは現在活躍している設計家の中ではトム・ドークとナンバーワンを争うビル・クーア&ベン・クレンショウのコンビが改造設計を担当しています。 ハッキリ言って、これはヤバイです。日本のゴルフが変わります。 設計者が決まった時点で彼らの凄さを知っている僕はそう思っていましたが、実際の改造の状況を見て革新しました。日本のゴルフの歴史に残る大きな一歩になると思います。 かつて東京ゴルフ倶楽部が当時のナンバーワン設計家であったハリー・コルトに朝霞コースの設計を依頼して、代理としてチャールズ・アリソンが来日し、日本に本格的なゴルフコースをもたらしましたが、結局その設計を受け継ぐ人は現れませんでしたし、アリソン自身が超一流の設計家であったかというと疑問符がつくことは否めないと思います。しかしながら、今回のビル・クーア&ベン・クレンショウは紛れもない世界のトップ設計家です。こんなことは日本のゴルフの歴史では初めてのことなんです。もう一方の雄であるトム・ドークと京葉は契約しているだけにその「初めて」の地位を逃したことは非常に残念で悔しいです。しかし、はやくこのコースでプレーしてみたいと今からワクワクしています!

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ゴルフにおけるフェアネス

ゴルファーはフェアネスを非常に気にする傾向がありますが、僕はこれはかなりどうでもいいことだと思っています。 設計のフェアネス・状態のフェアネス 「フェアである」とは「各プレーヤーが同じ条件でプレーできること」と定義すれば多くの人に同意してもらえるでしょうか。 このように定義した場合、コースの設計はどのプレーヤーにとっても同じなので、常に「設計はフェアである」となります。しかし、どのコースにも有利不利はあり、例えばオーガスタは昔からドローヒッター有利とされています。それではこれをもってオーガスタはフェアではない、フェードヒッターにも同程度有利になるように改造すべきだ、となるでしょうか。 すべてのコースはロングヒッターに有利にできています。ロングヒッターはいつでも短いクラブを使うことでショートヒッターになれるからです。だからこそゴルファーは飛距離アップに血道を上げるわけです。では距離の長いコースはアンフェアなのでしょうか。 今度は林間コースでのドッグレッグを考えてみましょう。ロングヒッターはグリーンを狙えるところまで飛ばせるが、ショートヒッターはそこまで飛ばず、林が邪魔で3打目勝負を余儀なくされるようなホールです。これはフェアでしょうか、アンフェアでしょうか。 ときどきバンカーの先に木が植えられているようなホールを見かけます。グリーンを狙う方向にボールを打つことが不可能なケースです。ダブルハザード(和製英語かと思いますが)とも呼ばれますが、これをアンフェアという人がいますが、どうでしょうか。上述の定義に照らせばアンフェアではないですよね。 このように考えると、コース設計由来のフェア・アンフェア問題は存在しないといえると僕は思います。単につまらないコースという烙印を押されるだけでしょう(よほどのマゾではない限り)。 では、コースの状態についてはどうでしょうか。マッチプレーであればほぼ同じ時刻にプレーするのであまり状態の変化はないのでフェアな状態を保てていると言えると思いますが、ストロークプレーの場合、スタート時間によって大きな差が出ることが普通です。 午前中は風が吹いていたのに午後は吹かなかったり、午後になったら雨が降り始めたりします。また、芝は一日のうちに伸びてくるので芝種によっては午後になると顕著に転がりが悪くなったりもします。最終組は多くのプレーヤーに踏まれ、凸凹になったグリーンでプレーします。しかし、これらは人智の及ばぬ自然の摂理の領域で、これをアンフェアだとするのは理不尽だと思います。 バンカーの砂質についても「フェアではない」とよく苦情が出ます。砂が柔らかければ目玉になりやすいと苦情が出ますし、硬ければクラブが跳ねると苦情が出ますが、結局は自分が打ちやすい状態を求めているだけなのだと思います。 ようするに何がいいたいかというと、フェアネスの概念を持ちだして自分のプレーを正当化するのは筋が悪い、ということです。そこが裸地であろうと、舗装された道路であろうと何であろうとあるがままにプレーするのがゴルフの基本です。ルールがそのような状況からの救済を許しているのは単に安全性の確保のためとゴルフのゲームとしての面白さを損ねないためだと思います。フェアネスとは何の関係もないと思います。 フェアネスではなく面白さを基準に 僕は上記すべてのケースにおいてフェアネスではなく、それぞれのプレーヤーが面白いと感じるかどうかを基準に考えればスッキリすると思っています。例えば、先ほど挙げた林間コースのドッグレッグの例を使うと、ドッグレッグを林ではなくバンカー群で実現すれば、ショートヒッターにもバンカーを迂回するルートとバンカー越えを狙うリスクを取ったルートという選択肢が実現し、面白さが増すといえるのではないでしょうか。このような発想の転換はフェアネスに立脚していてはできないと思います。ショートヒッターがロングヒッターに対して不利なことは変わっていないからです。 どうやら多くのゴルファーは「ゴルフコースはこうあるべき」というあるべき姿のイメージを持っているようです。しかし、僭越ながら僕は全く逆の考え方を持っていて「ゴルフコースはこうあるべきという姿は存在しない」と思っています。 マスターズは全世界的に見ても唯一毎年同じコースで開催されるメジャートーナメントだと思いますが、その会場であるオーガスタの美しい映像は日本人のみならず世界中のゴルファーを魅了しています。しかし、オーガスタはひとつの頂点ではあるものの、他にもまったく異なる方向性の頂点に立つコースが数多くあります。単にランキングという意味で言えば、はるかに格上と言えるパインバレーはオーガスタとは全く性格の異なるコースですし、セントアンドリュースもそれら二者とも違います。むしろ違うからこそ面白いわけです。 しつこいですが、バンカーの砂質についてもう一度考えてみましょう。日本ではバンカー用の砂はバンカー用の砂として流通しています。この砂を使うと目玉になりにくいし、本当に気持ちよくバンカーから球が出ます。スピンが掛かって止まります。プレーヤーの気持ちを考えたおもてなしの心を持ったバンカーになります。おそらくアメリカでも似たような状況だと思います。どこにいっても真っ白い砂で非常に打ちやすいです。この状況をトム・ファジオは「オーガスタシンドローム」と呼んでいます。オーガスタこそがあるべき姿であるとの誤解がアメリカでも蔓延していることを揶揄した表現です。 本来のゴルフは自然との戦いだと思います。リンクス(スコットランドの言葉で「砂丘」の意味)ではその名の通り砂丘の上にコースがあるので、穴を掘れば砂が出てきてバンカーになります。「バンカー用の砂」なんてものは存在しません。なので、その土地によってバンカーの砂質は異なります。セントアンドリュースのバンカーの砂などはサラッサラの極端に難しい砂質で、日本で使ったら苦情が止まらないと思いますが、セントアンドリュースでバンカー砂の文句を言っている人がいたら相当滑稽に見えますよね。 こんなこともありました。ある日本人の設計者の方が京葉を訪れて「ここはフェアウェイが少し張っていて、フェアウェイにティーショットが落ちてもヘタするとラフにまで散らばってしまうし、どこへ行くかわからないからフェアではない」と指摘されました。同時に「フェアウェイを少し削ってラフを盛り上げるべきだ、そうすれば、ボールはフェアウェイに集まってくる」とも。なるほど日本には凹型になったフェアウェイが多いのはこの考え方が設計者の間で一般的だからなんだなと納得しました。ここでもおもてなしの心が発揮されていて、なるほどと妙に感心した記憶があります。たしかに良いスコアが出ると面白いのですが、みんながみんな、このタイプの「面白さ」を求めているとしたら、なんだかガッカリですね。

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バンカーの砂質について

バンカーの良し悪しは主観的なものなんだってことをよく覚えておこう。 —USGA Green Section ゴルフの歴史を学び、またスコットランドのリンクスでプレーしてみてバンカーの砂質はどうあるべきかについて大いに考えさせられた。 USGAのグリーンセクションはバンカー砂についてのガイドラインを1983年に発表しているが、基本的には具体的な指定はしていない。 The USGA has never had specifications for bunker sands. The article “Selecting and Handling Sand,” Green Section Record , November/December 1983, provides general guidelines regarding the sand’s particle size, shape, composition, color, and other … Continue reading

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日本で「スループレー」は何故採用されない?

18ホールを長い休憩を挟まずにプレーすることを日本では「スループレー」と呼んでいて、「スループレー」することは日本では特殊なこととされる。この点についてゴルファーの希望を聞いてみると、殆どの人が「スループレー」の方が良い、という。多くのゴルファーが望んでいるのに日本ではそれが実現されない、もしくは廃れてしまったのは何故なのだろう?長期的な利益を最大化するという目的はゴルフクラブの形態を問わず同じはずで、ゴルファーの満足度を高める方法が採用されないのは不思議だ。今回はこのことについて考えてみたい。 2つの基本方式 ワンウェイ方式 「スループレー」には基本的に2つのやり方がある。まず全ての組を1番ホールからスタートさせるワンウェイ方式がある。この方式の場合、日が昇ってからスタートを開始し、18ホールのプレー時間分を日没時刻から引いた時間が最終スタートになる。例えば6時に日が出て、18時に日が沈み、プレーに4時間かかる場合は単純にいえば6時から14時までスタートできることになる。10分間隔でスタートするとすると、8時間あるので49組スタートできる計算だ。セントアンドリュースなど古いコースは10番ホールが遠いためワンウェイ方式を取らざるをえないことが多い。下にワンウェイ方式を図にした。 オレンジで塗られた部分が、1番ホールからスタートする組の時間を表していて、右側はそれらの組が10番ホールに来る時間を示している。グレーの部分はスタートする組はないものの、フロントナイン(アウトコース)またはバックナイン(インコース)をプレーしている組があることを示していて、白地は誰もプレーしていないことを示している。これを見ると、白地の部分はそれぞれの9ホールで2時間ずつあることがわかる。この面積が大きいほど、ゴルフコースが有効に活用されていないことになる。 ツーウェイ方式 さて、もう一つの方法は1番ホールと10番ホールから同時にスタートするツーウェイ方式であるが、この場合には午前組と午後組にスタート時間が分かれることになる。図で示すと次のようになる。 8時を午前組のトップスタートとして、10時が最終組になる。10時になると1番ホールには10番ホールから最初にスタートした組がやってくるので、10時から12時までは新たにスタートできる組はない。このため、午前組と午後組とに分かれるのである。この場合には白地の面積はそれぞれ2時間分で同じである。 変則ツーウェイ方式 最後に、現在関東地方で主流の休憩を挟んだ、変則ツーウェイ方式を図で示してみる。 8時にスタートした組が10時に9ホールを終えて1時間休憩するとその間午前中のスタート時間を増やすことができる。しかし、全体では白地の面積が各4時間と倍になっていて無駄が生じていることがわかる。 日照時間の影響 ここまでは日照時間が12時間、18ホールのプレー時間が4時間という想定で考えてきたが、日照時間は季節や緯度によっても変わるし、現在のプレー時間を4時間と想定することは現実的はない。想定するプレー時間が4時間よりも長くなる、ということは日照時間が短くなるということと同じなので、日照時間の変化についてのみ考えることにする。(日照が8時から16時までと仮定する) ワンウェイ方式では単純にスタート時間が短くなるだけで、ロス(白地の面積)は変わらない。 ツーウェイ方式では4時間日照時間が短くなると午後組が完全に消滅してしまう。日照時間の減少が想定プレー時間よりも短ければ、その分だけ午後組の枠を確保することができる。 これらに対して、途中休憩をとる変則ツーウェイ方式では、プレーヤーに休憩をとらせるという(プレーヤーにとっての)コストを代償として利用効率のロスを減少させることができる。 ここまでのまとめ 日本の時刻の基準は兵庫県にあり、それより東に位置する関東地方では時刻に対しての日没が早いので、生活リズムを基準とした日照時間が短い。このため1年のかなりの期間が変則ツーウェイ方式がゴルフコースにとっては効率的であり、その効率化の結果として価格を(そうでない場合に比べて)低く抑えることができるため、供給サイドであるゴルフコースにとってもプレーヤーにとってもメリットのある方法であったといえる。 さらに、関東地方のゴルフコースへの交通事情や1日の有効利用という観点から遅い時間のスタートに対する需要の低さも要因の一つとしてあげられるだろう。どれだけスタートの「枠」があったとしても、そこでプレーするプレーヤーがいなければその枠はないも同じだからである。 これらの考察から、プレーできる時期の日照時間が非常に長いスコットランドでワンウェイ方式が多く(古いコースが多いので必然的にワンウェイにならざるをえない場合も多いが)、アメリカではツーウェイが普及し、日本では変則ツーウェイが普及したのには日照時間(プレー時間も含めて)とアクセスの違いが大きな影響を与えたのではないかと推察される。 それでも「スループレー」を普及するために 日本、とくに関東地方では合理性が乏しいゆえに普及しなかった「スループレー」であるが、それを「スループレーは世界の標準であるのに、それをさせないゴルフコースに問題がある」というのは単なる精神論に過ぎないので、ここでは合理的な解決方法を考えていきたい。 まず考えられる当然の方法は、日照時間の長い時期にはワンウェイ方式なりツーウェイ方式を採用し、日照時間の短い時期には変則ツーウェイ方式を採用することである。日照時間が長いほどワンウェイ方式が合理的になるが、日本はワンウェイ方式が合理的になるほど日照時間が長い日はあまりないので、ツーウェイ方式が現実的な回答である。 実際にツーウェイ方式を採用するに当たっての問題点は、これまで変則ツーウェイ方式で午前中にプレーを開始する方法に慣れたプレーヤーが多い中、午後のスループレーに需要があまりない可能性があることである。通常プレーヤーが「スループレーのほうが良い」という場合には午前組でのプレーを想定していて、午後のプレーが普及しないとスループレーが成立しないことまでは考えていない。 これを解決するひとつの方法は、人気の低い午後スタートの料金を引き下げてインセンティブを与えることである。料金そのものは午後組への需要の強さによって決まるが、ツーウェイ方式を採用するかどうかは変則ツーウェイとの比較によって決まる。午後組への需要があまりに弱くて設定料金が低くなりすぎればスループレーは維持できなくなるであろう。

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年齢制限の不思議

日本のゴルフクラブでは入会資格を35歳以上などに制限するところがあるが、年齢で制限する理由がよくわからない。 35歳以上にならないと入会の資格をみたさないとは具体的には何を意味するのだろう?35歳以上でも入会を認められない人もいるだろうし、35歳以下でも全く問題なくその他の条件を満たす人もいるだろう。分かりやすい制限、というのが唯一のメリットであるように見える。 このような制度が採用されている事情を説明する一つの仮説として、アメリカのクラブの仕組みを輸入したことが考えられる。しかし、かつてはともかく、今のアメリカのクラブの多くでは、メンバーとその配偶者またはパートナーと20歳以下の家族は会員とほぼ同等の扱いを受ける。また、21歳から30歳〜35歳まではジュニアメンバーという資格(入会金や年会費が安い)を設定しているところが多い。その上で会員資格を30歳〜35歳以上に制限しているのである。つまり、子供から大人までライフステージに合わせた資格が用意されているのである。 家族会員の他に、非在住者メンバーないし国際メンバーという資格を用意しているクラブも多い。これは休会制度とは違って、正会員との資格を自由に行き来できるものではないが、クラブから遠くに住んでいて来場頻度が少ない人向けの制度である。 入会資格はそれぞれのクラブが自由に決めるべきことではあるが、年齢や国籍、性別を条件にする時にはこのようなゴルフ先進国での例を参考に、今後ゴルフが次の世代に正しく継承されていくためにもクラブ内で十分な議論がなされることを期待したい。

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グリーンの理想的状態

良いグリーンの状態とは硬くてボールの転がりの良い状態だと現時点では考えている。スピードはそれほど重要ではない。むしろスピードは速すぎない方が良い。というのも、速すぎるグリーンは傾斜が強いグリーンではホールをあける場所がなくなってしまうし、ホールの場所を確保しようとすると、平らなグリーンになってしまうか、傾斜があってもグリーン内に止まるだけの平らな面を確保するために極端に大きなグリーンになってしまうからだ。 速くて傾斜が強いところにホールをあけなければならなくなると、グリーン上で大叩きをしやすくなり、グリーンに至るまでのゲームを壊してしまう。速いだけの平らなグリーンは面白みに欠ける。大きすぎるグリーンはパター以外のクラブが必要となりうるから管理上問題になる。 これに対し、グリーンの硬さを上げることで戦略性を高めることができる。どの角度から狙ってもボールが止まるほど柔らかいグリーンの場合、フェアウェイのどこにあってもそれほど条件は変わらないが、硬くなると、グリーンのどの面に落とすかが重要になってくるため、その面に対しどの角度から狙っていくかでフェアウェイへのボールの置き所が変わってくる。また、上げるボールだけでなく、転がすアプローチも重要になってくるのである。 転がりの良いグリーンとは、ボールがヨロヨロしないで転がるグリーンである。デリケートなタッチを要求される時に、ホール際でボールがだらしなくよれて外れることほど頭に来ることはない。ラインに乗ったら素直にホールに吸い込まれるべきである。あくまでゴルフは「遊び」なのだから。 このように定性的に良いグリーンの定義をすると、今度は定量的な良いグリーンを定義することが出来る。グリーンの硬さと転がりの良さは芝の密度および刈高と比例する。密度が高ければ高いほど根の密度も充実し、グリーンは硬くなるし、グリーンの表面が芝で覆われるため転がりが良くなる。また、刈高が低いほど芝が立ってくるし、葉も細くなるので、均一な転がりが実現する。そしてまた、密度の高い芝生は光合成や蒸散などが健全に行われるため、様々なストレスにも強い。このようなことから、定量的な良いグリーンとは基本的には密度と刈高に要約できるのである。 これを実現するためにはマメな目砂、頻繁な刈り込み、良い肥料、適切な水管理、よくメンテされた高性能な機械、細かい配慮ができるスタッフが必要なのである。それらを限られた予算で一度に解決するのがグリーンキーパーのグリーンに対する責任なのである。

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「USGAグリーン」はブランドではない

Almost a decade of investigation after this and other research, the USGA Green Section published Specifications for a Method Of Putting Green Construction in the September 1960 issue of USGA Journal and Turf Management. It presented a construction technique that … Continue reading

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Golf Is A Fine Game

これらの若者たちは、この小さなボールを小さな穴に誰よりも少ない回数で放り込むというゲームにあまりに深く嵌まってしまっていて、生きる上でもっと大切な知的なバランスを保とうとする態度が犯されてるだけでなく、事実上存在しない。[...] こんなことが起こっている。これらの有名なジュニアゴルファーのほとんどが、知性のある会話をすることができないでいる。しばらくするとゴルフの話に戻ってしまうのだ。たしかにゴルフは素晴らしいスポーツだ。そしていつまでもそのようなものであって欲しい。 — Donald Ross “Spoiled Golfers” Golf Has Never Failed Me ゴルフの魅力を語る時に、僕はよく「ゴルフは素晴らしいスポーツです」という。これではまるで魅力を語れていないわけだが、一言では語れないものであることも事実であろう。 むしろ、ゴルフというスポーツは魅力的すぎるのが問題ではないか、と思うことさえある。事件が起きた時にもゴルフを続けたとして問題になった総理大臣もいる。これが事実かどうか、また、妥当なことであるかはわからないが、さもありなん。 しかし、ゴルフはどこまでいっても「遊び」であり「娯楽」である。ゴルフは何よりも優先されるべきものではないし、実際ゴルフはあくまで余暇の過ごし方の一つに過ぎない。特にジュニアゴルファーにとって一番大切なことは学校での勉強であり、それが一生の宝になるのである。 ところが日本には反知性主義がはびこっていて、「学校での勉強など世の中で役に立たない」などといわれる。これは歪んだ形での学歴批判であろうが、役に立たないのは学校での勉強のせいではなく、それを役に立てることができない人の問題である。現代の技術のほとんどは科学的な基礎や洞察から得られたもので、我々の生活は永年にわたる人類の知的営みの上に成り立っているのである。 明治時代以降、日本がここまで発展できたのも、ひとえに江戸時代から続く日本人の教育への高い関心の伝統のためである、と思う。しかし、それが今、急速に失われている。今の日本ほど反知性主義が蔓延している国は、他で見たことがない。 アメリカでの例を挙げたい。アメリカでは成績をA、B、C、とつけるが、Aを4点、Bを3点、Cを2点、、、と数値化して平均したものをGPAと呼ぶ。小学校から大学に至るまで、このGPAがある基準を超えていない学生はクラブ活動が停止させられるのだ。だから、試合の移動中(アメリカは広大なので対抗試合の移動時間も長い)も、みなバスの中で宿題を一生懸命こなす姿が当たり前に見られる。 目標としてプロを目指すことは、本人のためにもゴルフのためにも素晴らしいことである。しかし、ゴルフ界がそのことに偏ってしまってはいけない。もっと「草ゴルフ」の普及に努めなければ、バランスの取れたゴルフの発展にはつながらないだろう。 学校から帰ってきてランドセルを放り投げ、友達と連れ立ってゴルフコースや練習場に行き、草野球をやる感覚で草ゴルフをやる。大人達が暖かいまなざしで見守り、また手を差し伸べ、マナーや技術を教えていく。こんな光景が当たり前に見られるようになったら、と思う。 余談だが、かつて作家の曾野綾子が「二次方程式を解かなくても生きてこられた」といった内容の発言をして、その後、教育課程から解の公式がなくなったことがあった。その因果関係は明確ではないが、このような論理は危険である。彼女は「二次方程式を解くのは人生に必要ではない」と言っているわけだが、それは事実であろう。しかし、これは「二次方程式を解く必要のない人もいる」というだけで、そこから「全ての人にとって二次方程式を解く必要性はない」という結論は導けない。 あと、二次方程式を解くことがどれくらい「無価値」であるか、あるいは「価値」があるか、ということでいうと、これはもう数学を使う分野であればどこでも必要なので価値は高い。 これまたさらに余談になるけど、二次方程式の解の公式を習った後に、三次方程式の解の公式は普通は習わない。ましてや四次方程式の解の公式なんて絶対にやらない。これらの公式は存在することはするけれど、あからさまに複素数を使うし、結構複雑なので二次方程式ほどわかりやすくない。 二次方程式の解の公式は2000年以上前から知られていて、バビロニアの石碑に記録が残っているらしい。しかし、三次方程式となると、ルネッサンスのイタリアまで待たなければならない。三次方程式、四次方程式についてはいろいろとドラマがあって、それ自体も面白いのだが、とにかく、ルネッサンスの時代に四次方程式までは決着がついた。 当然ルネッサンス期の彼らは五次方程式にも取り組んだのだが、上手くいかなかった。これが解決したのは1830年頃、ノルウェイの数学者アーベルによってであったが、それをさらに明確にしたのがフランスのガロアであった。その中でガロアが作り上げた「群論」と「ガロア理論」は今でも輝き続けている大業績(例えば群論は物理学の超弦理論に使われる)だが、驚くべきことにガロアはそれらを10代でやり遂げ、動乱に揺れるパリで決闘の末、二十歳の若さで死んでいる。 このように、ながらく五次方程式の解法が見つからなかったのだが、意外な形の結末となった。五次方程式には解の公式が存在しないのである。正確にいうと五次以上の代数方程式にはベキ根による解が一般には存在しないのである。特殊な例としてベキ根で解ける方程式もあるが、そのような条件(必要十分条件)を発見したのがガロアであった。そして、その理論(ガロア理論)は数学や物理の様々な分野へ応用され現在に至っている。 このように、学問というのはいつ、どこで、どう生きてくるのかわからないものである。こういったもの(どこでどう生きてくるかわからないもの)がまさに「知性」や「教養」であり、それを大事にすることが「知性主義」なのではないか。

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