Monthly Archives: 3月 2010

「USGAグリーン」はブランドではない

Almost a decade of investigation after this and other research, the USGA Green Section published Specifications for a Method Of Putting Green Construction in the September 1960 issue of USGA Journal and Turf Management. It presented a construction technique that … Continue reading

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「良いルーティング」とはなにか?

「このコースはルーティングがいいね」というとき、「ルーティング」とは何を意味しているのだろうか。 「戦略性」についても同じだが、「ルーティング」も定義が明確ではない言葉を、さも明確な定義があるかのように使われてしまう罪作りな言葉の一つに数えられるであろう。うわべだけの定義をとらえれば、それは「18ホールがどのように配置されているか」ということであるが、そこに規範的な要素は入ってないから、「良し悪し」を判断することがこれだけではできない。 3月発売の月刊Choiceにルーティングについての記事が載っている。そこで今注目度ナンバー1の設計家ギル・ハンスのコメントがある。 グリーンとティの配置にふさわしい場所を見つけることから始まります。これはティからグリーンまでのプレールートを二の次に考えるという意味ではありません。しかし地形を活かすグリーンとティの配置論はルーティングで最も重要な要素となります。 —Gil Hanse 月刊チョイス3月号 ルーティングに何を求めるか。それは18回の連続ドラマとして演出なのか、それとも地形を活かしたホールの配置なのか、風向きやショットの向きを重視した配置なのか、グリーンから次のティーまでの距離を重視するのか、など様々な要因が同時に絡んでくるので、設計者はその中で、しかもその用地やクライアントごとに何を優先するかを決めていく。 ギル・ハンスの場合はトム・ドールやクーア・クレンショーコンビ(ビル・クーアとベン・クレンショーのコンビ)などの最近の人気設計者と同様に、与えられた用地の中でまずどこにグリーンとティを配置するかを重視しているようである。 このような考え方は大型重機で自然を圧倒していくコース造成が当たり前になって久しい現代では奇異に見えるかもしれないが、ゴルフ設計の黄金期である1920年代にはそうするしかなかった事情もあり、当時はそれが当たり前であった。そして、そのことが未だに高い評価を受ける最大の理由である、と考えるのが上に挙げた三者なのである。 彼らの一世代前の人気設計者であるトム・ファジオはこのような考え方に猛烈に反発する。 今日では、急な丘や大きな高低差に直面したならば、我々は必要なだけの岩や土を吹き飛ばしてゴルフコースに必要な土台を創造するだけのことである。 —Tom Fazio Golf Course Designs トム・ファジオは、そのままでゴルフコースになるような恵まれた用地にいつも出会えるわけではないので、厳しい用地であってもそれを良いゴルフコースに変えるのは設計者の技量であり、また最近の技術の進歩がそれを可能にしていると論じる。 我々の知識やノウハウはこれからも蓄積されていく。機械や技術は効率的になり、難題を乗り越えてきた経験と自信はもっと大きくなるだろう。こういったことが既に目の前で起きている。1990年代にできたアメリカの新しいコースは、過去に造られたどのコースにも引けを取らないと私は考えている。これまでよりも高い要求のもとでデザインされているし、オーナーや開発業者間の競争もかつてないほどに激しい。こうしたことは全て、より良いコースの実現に貢献しているのだ。 —Tom Fazio Golf Course Designs とはいうものの、時はいま、2010年である。振り返ってみると、1990年代のコースの評価がどんどん低くなり、逆に高まっているのは2000年代に作られたトム・ドークとクーア・クレンショーら、「ミニマリスト派」ばかりである。90年代に造られたコースで未だに高い評価を得ているのはクーア・クレンショーのサンドヒルズであるというのが象徴的であろう。 用地の選定、及びその用地を活かしたホールの配置が何よりも重要なのだ。自然を活かすことによって他にないホールを作ることができる。人工的に造ろうとするとどうしても作り手の癖が出てしまい、どこか似たようなものになるからである。よって彼らは18ホールのドラマという観点はあまり重視しない。地形から決まるバランスの取れたベストの18ホールをまず決め、そこから1番ホールを決めるのだ。だから、クラブハウスの位置は最後に決めるのが理想的なのだ。 もちろんこれには問題もある。用地を重視しすぎると、規制の厳しい現代においては必然的に世界的に見ても僻地にまで行かないと適地が見つからないという難問にぶつかる。例えばクーア・クレンショーのサンドヒルズはネブラスカの何もないところに突然造られたし、トム・ドークのパシフィック・デューンズはオレゴンのど田舎の海岸線に造られた。それ以降はさらにニュージーランドであるとか、タスマニアなどビジネスとして成立するのか心配になるような場所に造られることが多い。 しかもあまりにリンクス重視で、最初は目新しく見えたそのスタイルも徐々に飽きられてきているようにも感じる。ゴルフの歴史もやはりスパイラルを描いて進むのであろうか。 A. W. ティリングハーストは、いまも世界最高の座を守り続けているパインバレーを造り上げたジョージ・クランプについてこう回想している。 私は汽車で20マイルほどいったあたりを彼が窓から外を一心不乱に眺めているのを何度も目撃した。実のところ、彼はサウス・ジャージーの奇妙なエリアの虜になっていたのだった。奇妙な、というのはその辺りの単調で平らな土地とまるで違っていたからである。最初、彼は誰にも何も言わなかった。しかし、彼は、松と砂で覆われた穏やかな丘の180エーカーの土地の権利を密かに手に入れていた。それは彼が汽車から熱心に研究していた土地であった。 —A. W. Tillinghast Reminiscences of the Links 良いルーティングとは、地形を活かしたホールを繋げることが大前提である。そして、同時に風向きやホールの向きを考慮し、18ホールのドラマをイメージする。これが全てかみ合わさった時に名コースが誕生するのだろう。 … Continue reading

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ゴルフコースはPar 72というのが常識か?

どのコースも少なくとも一つはロングホールがあるべきである。私の言うロングホールとは、500ヤード以上のホールのことだ。しかし、これらのロングホールを魅力的なものにするためには深い思索が必要となる。自然にゴルフホールとなるような特徴を持つ土地をもち、それを最大限に生かさなければならないのだ。 特別な要望がない限り、私は3ショットホールは薦めない。なぜなら2ショットホールの方が遥かに良い試練をゴルファーに与えてくれるからである。 この国で本当に良い3ショットホールは指で数えられるほどしかないが、素晴らしい1ショットおよび2ショットホールは無数にあるのだ。 —Donald Ross “Long versus Short Holes” Golf Has Never Failed Me 多くのゴルフコースでは18ホールのパーは72になっている。そしてその構成はパー5が4ホール、パー3が4ホール、残りがパー4、というのがほとんどである。これは一体何故なのだろうか。 パー5はあまり面白くない、というのが僕の考えだ。というのも、上級者はバーディをとるチャンスではあるが、初心者にとっては大たたきする可能性が高く、ロスの言葉を借りるならばパー5は”fine test of golf”ではないからだ。実際、現代においても良いホールのほとんどはパー4に集中していて、パー5で素晴らしいホールは未だに数えるほどしかないのだ。パー5にすることでゴルファーのどのような技量を引き出すことができるのだろうか? 数少ない素晴らしい3ショットホール ベスページ ブラック 4番ホール パー5 パー5のホールは3ショットホールとも言うが、3ショットホールでは最初の2打は普通、ドライバー・3番ウッドという攻め方になる。ここで3番ウッド以外の選択肢を与えるためにハザードを配置すると、今度は3打目がいつも同じところから打つことになり戦略性が落ちてしまうであろう。上の写真のベスページブラックの4番ホールは3ショット全てがダイアゴナルに攻めなければならないようにデザインされており、攻め方がショットの結果によって劇的に変わる戦略性の見本のような希有なホールであるが、同じものを他で作っても面白みがない。ユニークで面白いパー5を作るのは非常に難しいことなのだ。 さて、自然が作り給うたセント・アンドリューズのオールドコースはパー72である。しかし、実はこのコースにパー5は2つしかないのだ。だからパー3も2つしかない。実に14ホールがパー4というタフなコースなのである。 セント・アンドリューズ 16番ホール パー4 ここにセント・アンドリューズの面白さの一端が隠されているようにも思える。これに風の条件が加わると2ショットホールはひによっては1ショットホールにもなるし3ショットホールにもなり、毎日違う姿を見せてくれるのだ。もちろん、ピンを切る位置によっても攻め方が劇的に変わるようなホールもある。 同様に1ショットホールも4つも必要なのであろうか?という疑問がある。たしかに3ショットホールよりは面白いものが多いが、それでもパターンが限られているのではないだろうか。特に1ショットホールの欠点はグリーンが全て、という点である。現代の捉え方ではその両者(グリーンとグリーン周り)はあわせてグリーンコンプレックスという一体のものとして考えられているので、ここでいうのはグリーンコンプレックスが全て、ということである。 優秀な設計者は、パー3を考えるとき、ティショットの方向を4つとも異なるように気を遣うし、打ち上げ、打ち下しをそれぞれ入れるなどバラエティを富ませようとするが、限られた用地の中に18ホールを押し込め、その上でこのような配慮をしたパー3を4つ入れることは至難の業であろう。良いゴルフコースは地形が大事というのはこのようなところでも現れるのである。 そういうわけで古い名コース、例えばパインバレーやシネコックヒルズなどのようにパー5が二つしかないパー70のコースが多いし、オークモントなどパー71のコースも多い。ところが、年代が下って新しいコースになると、判を押したようにパー72のコースが激増する。これは一つはオーナーやゴルファーが見た目の距離を重視するためであろう。パー70で6600ヤードというのとパー72で6800ヤードというのでは距離だけで言うと前者の方が遥かにタフで面白いコースになりうるが、数字的に見た目が良いのは後者である。しかし、同じ用地で考えるのであれば、ほぼ間違いなく前者の方がスケールや面白さを出した設計が可能になるであろう。 結局のところ、用地がパー72になるかパー70になるかを決めるし、実際のところパー5の持つ本質的な問題から、パー5は4つも要らないであろう。

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Golf Is A Fine Game

これらの若者たちは、この小さなボールを小さな穴に誰よりも少ない回数で放り込むというゲームにあまりに深く嵌まってしまっていて、生きる上でもっと大切な知的なバランスを保とうとする態度が犯されてるだけでなく、事実上存在しない。[...] こんなことが起こっている。これらの有名なジュニアゴルファーのほとんどが、知性のある会話をすることができないでいる。しばらくするとゴルフの話に戻ってしまうのだ。たしかにゴルフは素晴らしいスポーツだ。そしていつまでもそのようなものであって欲しい。 — Donald Ross “Spoiled Golfers” Golf Has Never Failed Me ゴルフの魅力を語る時に、僕はよく「ゴルフは素晴らしいスポーツです」という。これではまるで魅力を語れていないわけだが、一言では語れないものであることも事実であろう。 むしろ、ゴルフというスポーツは魅力的すぎるのが問題ではないか、と思うことさえある。事件が起きた時にもゴルフを続けたとして問題になった総理大臣もいる。これが事実かどうか、また、妥当なことであるかはわからないが、さもありなん。 しかし、ゴルフはどこまでいっても「遊び」であり「娯楽」である。ゴルフは何よりも優先されるべきものではないし、実際ゴルフはあくまで余暇の過ごし方の一つに過ぎない。特にジュニアゴルファーにとって一番大切なことは学校での勉強であり、それが一生の宝になるのである。 ところが日本には反知性主義がはびこっていて、「学校での勉強など世の中で役に立たない」などといわれる。これは歪んだ形での学歴批判であろうが、役に立たないのは学校での勉強のせいではなく、それを役に立てることができない人の問題である。現代の技術のほとんどは科学的な基礎や洞察から得られたもので、我々の生活は永年にわたる人類の知的営みの上に成り立っているのである。 明治時代以降、日本がここまで発展できたのも、ひとえに江戸時代から続く日本人の教育への高い関心の伝統のためである、と思う。しかし、それが今、急速に失われている。今の日本ほど反知性主義が蔓延している国は、他で見たことがない。 アメリカでの例を挙げたい。アメリカでは成績をA、B、C、とつけるが、Aを4点、Bを3点、Cを2点、、、と数値化して平均したものをGPAと呼ぶ。小学校から大学に至るまで、このGPAがある基準を超えていない学生はクラブ活動が停止させられるのだ。だから、試合の移動中(アメリカは広大なので対抗試合の移動時間も長い)も、みなバスの中で宿題を一生懸命こなす姿が当たり前に見られる。 目標としてプロを目指すことは、本人のためにもゴルフのためにも素晴らしいことである。しかし、ゴルフ界がそのことに偏ってしまってはいけない。もっと「草ゴルフ」の普及に努めなければ、バランスの取れたゴルフの発展にはつながらないだろう。 学校から帰ってきてランドセルを放り投げ、友達と連れ立ってゴルフコースや練習場に行き、草野球をやる感覚で草ゴルフをやる。大人達が暖かいまなざしで見守り、また手を差し伸べ、マナーや技術を教えていく。こんな光景が当たり前に見られるようになったら、と思う。 余談だが、かつて作家の曾野綾子が「二次方程式を解かなくても生きてこられた」といった内容の発言をして、その後、教育課程から解の公式がなくなったことがあった。その因果関係は明確ではないが、このような論理は危険である。彼女は「二次方程式を解くのは人生に必要ではない」と言っているわけだが、それは事実であろう。しかし、これは「二次方程式を解く必要のない人もいる」というだけで、そこから「全ての人にとって二次方程式を解く必要性はない」という結論は導けない。 あと、二次方程式を解くことがどれくらい「無価値」であるか、あるいは「価値」があるか、ということでいうと、これはもう数学を使う分野であればどこでも必要なので価値は高い。 これまたさらに余談になるけど、二次方程式の解の公式を習った後に、三次方程式の解の公式は普通は習わない。ましてや四次方程式の解の公式なんて絶対にやらない。これらの公式は存在することはするけれど、あからさまに複素数を使うし、結構複雑なので二次方程式ほどわかりやすくない。 二次方程式の解の公式は2000年以上前から知られていて、バビロニアの石碑に記録が残っているらしい。しかし、三次方程式となると、ルネッサンスのイタリアまで待たなければならない。三次方程式、四次方程式についてはいろいろとドラマがあって、それ自体も面白いのだが、とにかく、ルネッサンスの時代に四次方程式までは決着がついた。 当然ルネッサンス期の彼らは五次方程式にも取り組んだのだが、上手くいかなかった。これが解決したのは1830年頃、ノルウェイの数学者アーベルによってであったが、それをさらに明確にしたのがフランスのガロアであった。その中でガロアが作り上げた「群論」と「ガロア理論」は今でも輝き続けている大業績(例えば群論は物理学の超弦理論に使われる)だが、驚くべきことにガロアはそれらを10代でやり遂げ、動乱に揺れるパリで決闘の末、二十歳の若さで死んでいる。 このように、ながらく五次方程式の解法が見つからなかったのだが、意外な形の結末となった。五次方程式には解の公式が存在しないのである。正確にいうと五次以上の代数方程式にはベキ根による解が一般には存在しないのである。特殊な例としてベキ根で解ける方程式もあるが、そのような条件(必要十分条件)を発見したのがガロアであった。そして、その理論(ガロア理論)は数学や物理の様々な分野へ応用され現在に至っている。 このように、学問というのはいつ、どこで、どう生きてくるのかわからないものである。こういったもの(どこでどう生きてくるかわからないもの)がまさに「知性」や「教養」であり、それを大事にすることが「知性主義」なのではないか。

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最もコピーされたホール —Redan

闘いを挑み続けるコースはプレーヤーをゴルフの虜にするであろう。 [...しかし]これらのような有名なホール—プレストウィックの「アルプス」やノースベリックの「レダン」など—を他の場所で模倣する誘惑に負けてはならない。特定な有名なホールに合わせてコースを造れば、必ずや落胆するこになるであろう。 —Donald Ross “Each Course Must Be Original” Golf Has Never Failed Me 僕はロスの傑作・パインハーストNo.2が大好きなので、ついロスの言葉を引用してしまうのだが、彼は良いコースの条件にオリジナリティを挙げる。実際、パインハーストNo.2は地球上の他のどこにもないユニークなコースである。 さて、そんな僕が最も敬愛する設計家であるロス大先生は「レダン」を他で模倣することなかれと言っている。それだけではなく、レダンの特徴である、グリーン全体が後方に下っていくようなホールは面白くない、とも主張している。 うしろに向かって傾斜しているグリーンはあまり面白いものではない。なぜならばプレーヤーにリスクを取らせる余地を奪ってしまうからである。同時に、そのようなグリーンは多かれ少なかれブラインドになりがちなのである。 —Donald Ross “Redan and Punchbowl Greens” Golf Has Never Failed Me レダンとはスコットランドのノースベリックの15番ホール・パー3のことであるが、ティーから見てグリーンが左45度に斜めに置かれ、右手前から左奥に向かって全体が下っている。そして左手前と右奥はバンカーでしっかりとガードされている。 レダンを表現するの良く見られる修辞句は「世界で最もコピーされたホール」である。ロスの警句をよそに、世界の名コースのそこかしこでコピーされている。 ノースベリック15番ホールのオリジナルレダン 写真ではわかりにくいが、正面に見える二つのバンカーの先から左に向かってグリーンが傾斜している。左側の窪んでいるあたりがグリーンの左手前をガードするバンカーである。グリーン面はまったく見えない。 シネコックヒルズ7番ホールのレダン こちらはニューヨークのロングアイランドにあるシネコックヒルズのレダンである。こちらの方がわかりやすいが、やはりグリーンの面は一切見えない。ニュージャージーにあるサマーセットヒルズの2番ホールにはA. W. ティリングハーストによるレダンがある。C. B. マクドナルドのナショナルゴルフリンクスの4番ホールもレダンである。パインバレーの有名な13番ホールのパー4もレダンである。 サマーセットヒルズの2番ホールのレダン パインバレーの13番ホールのレダン … Continue reading

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戦略性! 戦略性! 戦略性!

ほとんど誰もが自分のプレーするコースに愛着を持っていることは驚くべきことだ。それはコースから想起される様々なもの—そこでプレーする仲間の存在や、コースをよく知っていると言う事実、またおそらく他のコースでプレーするよりは良いスコアで回れること—に起因するのであろう。あるいはそれはもしかしたら賭けゴルフに勝った喜びの記憶かもしれない。 そのコースは面白みもなければ戦略性もない、本物のコースにはまるでほど遠いものかもしれない。単にゴルフボールを打てる場所、でしかないのだ。 そのようなコースでプレーしている人はコースへのいかなる変更にも反対するであろう。しかし、いずれ運命の時が来て、理由も分からぬままに彼はゴルフに飽きてしまうのである。もしかしたらどこか素晴らしいゴルフコースで過ごした休暇の後、彼はホームコースの改造を熱望するか、単に他のコースへ移っていってしまうかもしれない。 —アリスター・マッケンジー the Spirit of St. Andrews ゴルフコースを語る上で必ずテーマに上るのが、そのコースの「戦略性」である。戦略性がなければマッケンジーがいうように、いずれ飽きられてしまい、そのコースは人気を失うだろう。 名コースを作ってきた設計家達はこの「戦略性」をどのように捉えてきたのであろうか?ドナルド・ロスはその著書で次のよう述べている。 私がコースを造る時、目標は各ホールに複数の攻略ルートをおくことである。2ショットホールの場合で言うと、スクラッチプレーヤーやロングヒッターが2打でグリーンに到達するルートを一つ(その場合、正確なショットをしなければならない)、そしてハイハンディキャッパーやショートヒッターが3打でグリーンに到達するルートを一つおくようにするのである。 —”Each Course Must Have Strategies” Golf Has Never Failed Me このようにロスは良いプレーヤーには選択肢を与えるコースを戦略性のあるコースと定義している。しかし、他の設計家達はロスほど簡明に戦略性については述べていない。彼らは簡単に「戦略性」を定義してしまうことを慎重に避けている。様々なホールを例に挙げることで戦略性を間接的に定義しているのである。 ロスやマッケンジーに並びうる現代の設計家の一人であるトム・ドークはその著書『The Anatomy of a Golf Course』の中で世界中のコースから例を引き遠回しに説明しているように、戦略性を定義することは難しいが、一つのヒントが彼が雑誌Golf Architectureに寄せたエッセイに見られる。 [...] 本当に優れたゴルフコースはプレーヤーができないことに対してペナルティを科すのではなく、彼らが何ができるのかを見せるチャンスを与えてくれるのである。[...] 手短かにいえば、アベレージゴルファーにとっては、彼の能力の範囲内でリカバリーの可能性を見いだすことのできる選択肢をできるだけ多く与える必要がある。同様に、最高の選手達—それはウォルター・ヘイゲンからアーノルド・パーマー、セベ・バレステロスからタイガーウッズにいたるまで—にとっても難しいリカバリーショットは彼らの真の才能と想像力を発揮できる数少ないチャンスなのである。 [...] ドークは選択肢を与える上で重要となるのはフェアウェイの幅が重要であると述べている。現在多くのコースでフェアウェイ幅が25−30ヤードに絞られているが、1920年代には50−60ヤードが標準であったという。京葉カントリー倶楽部の当初の計画図面やオープン当初の写真を見ると、たしかにフェアウェイの幅は現在よりも遥かに広いのである。 いつのまにこのようなことが起こってしまったのだろうか?一つは技術的な問題と絡んで経済上の理由が挙げられる。ホールとホールの間の樹木が大きくなるにつれ日当りが悪くなり、短く刈るにはデリケートな状況となったためと、単純にフェアウェイを刈る面積が小さい方が費用が安くて済むからである。 フェアウェイの広さがコースの難易度と関係してくるという考え方もある。難易度が高い方が良いコースという風潮が、フェアウェイを狭くしてきたのだ。しかし、5年間女子のトーナメントを開催してみて分かったことがある。実はこの5年間少しずつフェアウェイを広くしてきたにも関わらず優勝スコアにはほとんど影響がなかったのである。これは、フェアウェイの幅を狭くしても難易度は上がらないということを意味している。もちろん、アベレージゴルファーにとっては難易度は上がるのであるが、本来の目的はトッププレーヤー達に対して難易度を上げることだったのであるから、フェアウェイを狭めることに正当な理由はないのである。 さて、なぜフェアウェイの幅が広い方が戦略性が高いのか。その答えは「選択肢」にある。 ティから同じ距離の同じフェアウェイ上にいても、グリーンまでの距離が違ったり、アングルが変わることで難易度が変わる。これによって、まずティーショットの選択肢が広がる。そして、ティーショットがベストルートから外れた時でも、フェアウェイにいることで高い球、低い球、ドロー、フェードと打ち分けることができる。いや、少なくともその可能性がある。このような局面からうまくグリーンを捉える可能性は低いであろうが、こういったリカバリーショットこそがゴルフの醍醐味であり、たまに起きる成功の余韻がいつまでも続くのである。

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A Course Divided is No Course

分断されたゴルフコースはゴルフコースではない —Donald Ross Golf Has Never Failed Me この言葉はドナルド・ロスの言葉であるが、残念ながら我が京葉カントリー倶楽部はほぼ真ん中に道路が走り二つに分断されている。 ドナルド・ロスは19世紀の終わり頃にスコットランドの北の端の街、ドーノッホ(Dornoch)に生まれ、アメリカで著名なゴルフコース設計家になった人物である。代表コースはノースカロライナ州のパインハーストNo.2である。他にもフロリダの超名門クラブであるセミノールや、オークヒル、オークランドヒルズ、セーラム、インバーネス、パインニードルズなど多数の名コースを設計した。 パインハーストNo.2 12番ホール 彼はもともとプロゴルファー兼グリーンキーパーとして働いていたが、修行のためにセント・アンドリューズのオールド・トム・モリスの下へ行く。そこでグリーンキーピングだけでなく設計の基礎を学んだらしい。オールド・トム・モリスは現代に続く設計家の系譜の源流の人物と言って良いだろう。 トム・モリスの下には後に「アメリカのゴルフの父」と呼ばれれ、シカゴゴルフクラブやナショナルゴルフリンクスオブアメリカを設計したC. B. マクドナルドやウィングドフット、サンフランシスコ、ベスページ・ブラックなどを設計したA.W.ティリングハーストなどが設計を学んだのであった。 ロスは冒頭のような言葉を残し、たしかに彼の設計したコースで代表的なコースには道路で分断されているようなコースはない。しかし、現在世界のトップにランクされているコースを見てみると、意外と分断されたコースが多いことに気づく。 現在世界ランク6位のシネコックヒルズ、8位のオークモント、10位のメリオン、12位のナショナルゴルフリンクス、14位のロイヤルメルボルン、35位のベスページ・ブラックなどは全て道路で分断されている。シネコックヒルズやナショナルゴルフリンクスはコースが分断されているだけでなく、ホールが分断されているところもある。 メリオン2番ホール 道路の右に1番ホールがある シネコックヒルズはニューヨークのロングアイランドの先端のハンプトンに位置するが、当初は鉄道でコースが分断されていたのだ。1920年代の黄金時代に訪れたモータリゼーションによって鉄道に沿ってハイウェイが作られた際についにコースの移動を余儀なくされたのであった。その頃の鉄道は一日に数本しか通らなかったため、特に問題にならなかったそうだ。そして、シネコックヒルズはウィリアム・フリンを起用して改造し、名コースの地位を手に入れたのであった。 スコットランドに目を向けると、聖地セント・アンドリューズの1番ホールと18番ホールの途中には公道が横切っていて、ゴルフコースの真ん中を歩いていることに気づかない観光客などはゴルファーに怒鳴られる始末である。また、エジンバラ近くのノースベリックには道路ではなく、いたるところに塀が横たわっている。The Pitと呼ばれる13番ホールなどはグリーンのすぐ手前に塀があって、非常に難しくしている。 ノースベリック13番ホール ロスは「分断されたゴルフコースはゴルフコースではない」といったが、コースが道路で分断されているというのは意外と悪いものではなさそうだ。

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